古代都市アクイレイアは、北イタリアの田舎町。はるか昔、古代ローマ時代には軍港として栄え、フォルム(公共広場)や、競技場、円形劇場も建設された国際都市でした。やがてアドリア海を舞台とした東方貿易の拠点となりました。

初期キリスト教
”神を描くにはどうしたらよいだろう」見える、見えないを問わず、宗教体験や信仰の世界を実現するために古来から人はイメージの仕組みを想像した。”
モザイクには古代のイメージを今に引き継ぐ視覚伝達の担う役割がある。では、初期キリスト教とはなにか。
”初期キリスト教と呼ばれるもの、つまり旧約新約聖書の主題やキリスト教シンボルに直接関連する美術は、キリストの時代にまではさかのぼらず、およそ2世紀後に初めて現れる。”(””引用:初期キリスト教美術・ビザンティン美術 ジョン・ラウデン)
アクイレイアのモザイクには、古代ローマからビザンティンへ移り変わる時代の転換期に揺れ動く人の心が生み出した創造の世界が刻まれているのではないか。
アクイレイア 初期キリスト教博物館
il Museo Paleocristiano di Monastero
べネディクト会修道院を1961年博物館に改装


il Museo Paleocristiano di Monastero



花をついばむウズラだろか?
博物館1階の床モザイクに見入っていたのも束の間、まもなく始まる会合(ミサ?)のために、サァーっと幕が引かれ、次々椅子が運び込まれてしまった。
古代イルカ
アポロンのシンボルであるイルカ は、魂を迷宮に運ぶ使者ともされる。ヨナを飲み込み陸へ運んだ魚もイルカ であろうか。鳥のようなクチバシ表現が特徴で、古代のモザイクには、ひんぱんに描かれたモチーフである。

アクイレイア 初期キリスト教博物館/il Museo Paleocristiano di Monastero Ⅳ世紀
アクイレイア のモザイク複製制作
宗教味を帯びた美術表現は、私たち日本人にとって、直ぐには親しみにくい対象である。様々な神や宗教が混沌とする紀元3世紀頃のモザイクには、植物、家畜、海産物などがのびのびと描かれている。
キリスト教的象徴性を問う必要のない日常的な作風や、人間味やユーモラスを感じるアクイレイアのモザイクは愛らしく、情報に曝された現代人の心を癒してくれるようである。


アクイレイア 初期キリスト教博物館/il Museo Paleocristiano di Monastero Ⅳ世紀

il Museo Paleocristiano di Monastero
外から扉を抜けると外観からは想像できない異質空間が突然広がる。
観光でにぎわう大聖堂界隈とは異なる静寂の時が流れる。
参考図書
初期キリスト教美術・ビザンティン美術 ジョン・ラウデン著 益田朋幸訳 岩波 世界の美術
「地中海都市紀行」古代キリスト教美術を訪ねて 名取四郎 岩波書店 2005
「キリスト教美術の源流を訪ねて」1 イタリア編 名取四郎 教文館 2006
Visita Aquileia
後記
語呂合わせで年代を覚えるのが苦手な私は、中学校の世界史、歴史に興味が持てなかった。(313年キリスト教公認)数字は目安になるが、ある日突然”それ”が沸き起こるはずはない。
弾圧に苦しむキリスト教徒とローマ帝国東西の人が行き交う中で起こった様々な秘儀や、宗教儀式、現世をより良く行きたいと望む人間の希望が造形イメージを生み出した。石やガラスで描くモザイク画には長い年数を土に埋もれ存在の息を潜め、現代の私たちに時を超えた物語を送り届けてくれている。およそ2000年の時を隔てた奥深いモザイクの世界と出会った不思議に感謝する。
諸宗教の1つであったキリスト教は、コンスタンティヌス1世が、ローマ帝国内で迫害されたキリスト教を庇護し、自身もキリスト教に改宗したことにより、ローマ帝国領内で圧倒的な存在となる契機となった。その後リキニウスと共に313年発布したミラノ勅令は、ローマ帝国においてキリスト教を公認したとみなされる。(参考:wiki コンスタンティヌス1世)
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