ポンペイ展2022 ファウヌスの家【オプス・ウェルミクラトゥム】②

モザイクアートの技法 モザイクを巡る旅

ポンペイ最大の邸宅である「ファウヌスの家」は、前180頃、特権階級の邸宅として建設され、前1世紀前後に改築された。ファウヌス(イタリア語発音表記・ファウノ)の家は、ポンペイがローマ化する以前の暮らしぶりを現代に伝える。

オプス・ウェルミラクトゥムの精密なモザイクの数々が、「ファウヌスの家」から出土している。アレクサンドロス大王(在位:前336〜前323年)と、アケメネス朝ペルシャ の王ダレイオス3世(在位:前336〜前330年)の戦闘場面が描かれた「アレクサンドロス大王のモザイク」(本展イメージ展示のみ)は、ファウヌスの家のエクセドラから発見された舗床(ほしょう)モザイクである。

「踊るファウヌス」前2世紀 ポンペイ展2022より
家の名の由来となった牧神ファウヌス像。
雄ヤギの角と、尾がついている。
数少ないヘレニズム美術のオリジナル作品。激しく身体を捻り、上昇していくような螺旋状の動きがヘレニズム美術特有のもの。

ファウヌスとは?

Faun (ファウヌス)とは、公式カタログによれば、”ローマ神話におけるヤギ脚のファウヌスではなく、ギリシャ神話のサテュロス”とある。”両手はおそらく銀製の二管笛を演奏していたのだろう”。「踊るファウヌス」像は、邸宅のアトリウムで発見された。アトリウムとは、古代の邸宅内にある光を取り込む空間広間を指し、中央には、天窓があり、雨水を受ける水盤がある。
ところで、展示グッズには、「踊るファウヌス」を現代風にパロった手拭いがあった。粋なデザインだったので、興味のある人は、チェックしてみてほしい(笑)。

「ナイル川風景」モザイク

オプス・ウェルミクラトゥム「ナイル川風景」 ポンペイ 展2022より

ナイル川風景を描いたモザイクは、「アレクサンドロス大王のモザイク」が敷かれたエクセドラ(後のアプスに発展する建物内の半円形の部分)の入り口を区切る円柱の間に配置された。

ナイル川モザイクは、細密なテッセラで描く、オプス・ウェルミクラトゥム の手法による。コブラとマングース、カバとワニ、二羽のトキという3組の動物が向き合っている。主題のナイル川風景は、”前30年のアウグストゥスによるエジプト征服により、ますますイタリア半島に広まることになった”ので、他にも作例がある。エジプトの異国情緒をモザイクで描くことで、豊かな日常空間を再現したのでしょう。

オプス・ウェルミクラトゥム「ナイル川風景」 ポンペイ 展2022より
オプス・ウェルミクラトゥム「ナイル川風景」細部 ポンペイ 展2022より 
コブラに向き合うマングース
「ナイル川風景」ポンペイ展2022 展示会場内
「ファウヌスの家」イメージ再現の様子
奥は、「アレクサンドロス大王のモザイク」(イッソスの戦い)

「葉綱と悲劇の仮面」タイトルの考察

葉綱は、(はづな)と読むのですかね?
始め、葉綱を、(ようこう)と読み、手元の国語辞典で調べると掲載がなく、ググりました。双子葉植物(そうしようしょくぶつ)が双子葉綱からヒットしました。植物の専門用語のようです。最初に生える葉が2枚の植物の総称のようですが、これが作品タイトルの由来???

オプス・ウェルミクラトゥム「葉綱と悲劇の仮面」前2世紀末 ポンペイ 展2022より

Festone con maschere, foglie e frutta

「葉綱と悲劇の仮面」のイタリア語タイトルです。なるほど、Festone(フェストーネ)。葉綱は、花綱(はなづな)、フェストゥーン(festoon)から採用した言葉でしょう!?古典装飾にはたびたび登場する両端をリボンで縛って垂らした装飾花束がフェストゥーンです。ちなみに、展示タイトルの英語表記は、[Design showing theatricial masks, fruit and foliage]。フェストーネにたどり着くのは難しかった、、。例えば本作品タイトル、(静物と悲劇の仮面)では、軽い印象を受けるし、タイトルの日本語化過程で、いろいろ検討したのでしょう。

オプス・ウェルミクラトゥム「葉綱と悲劇の仮面」前2世紀末 ポンペイ 展2022より

葉綱の植物

ポンペイ展に話を戻します。葉綱(はずな)には、ザクロ、りんご、なし、マツ、ブドウ、小麦の穂や、月桂樹、オリーブが組み込まれ、その間にある3つの輪は、ヘレニズム君主たちがかぶっていた金や銀のドーナツ状の冠と似たものが描かれています。色のグラデーションは、自然石そのもの。石を小さく割ったテッセラで、ここまで精密な描写表現ができたのには驚くばかりです。

悲劇役者の仮面は、当時広まっていた特徴的な仮面のタイプで、大きく開いた口や、大量の前髪、窪んだ眼窩(がんか)などが特徴的。巻き毛の房表現は、影の部分の石の使い分けで、巧みに立体感を演出しています。

数ミリ程度のテッセラで描かれたオプス・ウェルミクラトゥム
「葉綱と悲劇の仮面」細部 前2世紀末 ポンペイ 展2022より

「ライオン形3本足つきモザイク天板テーブル」

さて、オプス・ウェルミクラトゥム だけでなく、天板のモザイクも見つけました!
展示では、テーブル天板が目の高さなので、ライオン脚に目が留まり、うっかり天板のモザイクを見逃してしまいそうでした。1センチほどのテッセラによる白黒モザイク、オプス・テッセラトゥムによる作例です。
元は舗床(ほしょう)モザイクの一部だったものを、ブルボン王朝時代、18-19世紀に、テーブルの天板に作りかえられたそうです。ライオン脚も、ポンペイ時代(エルコラーノ)出土品です。

「ライオン形3本足つきモザイク天板テーブル」細部 ポンペイ展2022
よく観察すると、緩やかに波打つような天板に、古代の温もりが伝わってくるようでした。
「ライオン形3本足つきモザイク天板テーブル」 ポンペイ展2022
背景は、「マケドニアの王子と哲学者」フレスコ画 前60-前40年頃 ボスコアーレ出土
「ライオン形3本足つきモザイク天板テーブル」 ナポリ考古学博物館展示 2008年撮影

ナポリ国立考古学博物館

ナポリを代表する国立博物館。”古代ギリシャ・ローマ、特にポンペイ周辺から出土した遺物の質と量で、他のコレクションの追随を許さない。”名門ファルネーゼ家の膨大なコレクションで、ポンペイ出土品のコレクションを始め、古代の彫像やモザイクなどの展示があります。ナポリ中央駅から地下鉄でアクセスできます。近年リニュアールしました。私が12年ぶりに訪ねた2008年は、リニュアール前の博物館です。

ナポリ考古学博物館展示の様子 「踊るファウヌス」「葉綱と悲劇の仮面」
(トラに乗る有翼の童子)は、ポンペイ展2022出展無し 2008年撮影
ナポリ国立考古学博物館前の階段より
ナポリ中心部からのアクセスもやや悪く、ようやくたどりつき、期待で胸が膨らんでいる時のショット。当時はまだ、紙の地図頼りに歩いています。2008年
オプス・ウェルミクラトゥム「ナイル川風景」ナポリ考古学博物館展示 2008年撮影

特別展「ポンペイ」名門ファルネーゼ家由来の至宝150点

本ブログでは、モザイク作品をご紹介しました。展示では、彫像、宝石、日用品、フレスコ画など、当時の豊かな暮らしが伝わる出土品の数々を楽しめます。

特別展ポンペイ 会期2022.1.14-4.3 東京国立博物館
参照:特別展ポンペイ 公式カタログ・朝日新聞記念号外

ナポリ国立考古学博物館(museo archeologico nazionale di napoli イタリア語サイト)

楽しく学ぶオプス・テッセラトゥム

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おまけ ポンペイ訪問 2008年

ポンペイ遺跡には、留学始めの1996年、そして、2008年に訪ねています。留学当初はカメラも持ち歩かず、モザイクのあった場所を目に焼き付けました。モザイクを学び、帰国し、歳月を重ね、モザイク芸術を仲介にし、苦手だった世界史への興味が、旅歩く毎に広がりました。モザイクは、古代地中海世界の暮らしぶりを、現代に視覚的に伝える証人でもあるのです。奥深いモザイクに魅せられ早四半世紀。まだまだモザイクに惹きつけられています。

「アレクサンドロス大王のモザイク」(イッソスの戦い)復元 ポンペイ遺跡 2008
オリジナルは、ナポリ国立考古学博物館内。復元モザイクは、ラヴェンナのモザイクチームが制作しています。恩師セヴェーロ・ビミャーミ他 イッソスの戦い復元により、それまでポンペイ遺跡のファウヌスの家に行っても、遺跡の堆積物の原っぱに、モザイク風景を空想イメージで補うほかなかった世界に、具体的なイメージが提示されたのでした。
アトリウム ポンペイ遺跡 2008年
ポンペイ遺跡 2008年

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